がんばりたいけどがんばらない

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適応障害と診断された24歳エンジニア女子のつぶやき

がんばりたいけどがんばらない

いじめられていた中学時代の話をしよう【前編】

休職してから、適応障害になった原因をぼんやりと考えていて、

仕事そのものというよりは私のルーツに真理がありそうだったので、

少し振り返ってみようと思います。

 

私は中学時代に学校でいじめられていました。

それが原因で、中学1年の終わりごろから卒業まで、自分のクラスに通うことができませんでした。

 

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今日は少しそのときのことをお話します。

 

 

 

一度目のいじめは部活だった

私は中学に入学して、女子ばかりの運動部に入りました(具体名は伏せます)。

その頃は男女関係なく友達もそれなりにいて、部活でも問題なくやれていて、

クラスでもそこそこ誰とでも仲良くできていました。

勉強面でもそれなりに努力していたので先生方からも信頼を得られていました。

 

そんな環境にあぐらをかいていたせいでしょうか。

記憶には残っていませんが、私が気に入らないことをしたのかもしれません。

 

だんだん部活で無視されるようになり、悪口を言われるようになりました。

すれ違うと睨まれるようになりました。練習でペアを組んでもらえなくなりました。

13歳の誕生日に、友達だった人の誰からも「おめでとう」と言ってもらえずに、

黙々と練習に参加し、遠くで聞こえる悪口を聴いていたのを覚えています。

 

「調子乗ってる」「ウザい」「キモい」「ダサい」

「大してかわいくもないくせに」「優等生ぶってんじゃねーよ」

 

そして退部へ

部員は40人くらい。しかもペアを組まないとやっていられない部活です。

それくらいのことで、と思われてしまうかもしれませんが、

1、2か月もすると、辞めたいと思うようになりました。

 

部活自体は嫌いではありませんでした。

運動は得意ではないので、どちらかというと下手な方でしたが、

体を動かすのは楽しいし、いじめられるまでは皆のことが好きでした。

でもきっと、この状況は私がやめないと終わらないと思いました。

直接伝えるのもつらくて、退部届を書いて、職員室の顧問の机に置きました。

 

顧問の先生は親身になってくださって、本当はいてほしいけれど、と

引き留めながらも、退部を承諾してくれました。

 

退部したら味方ができた

部活のメンバーはクラスでも仲良くしていたので、退部してもクラスでは少しやりづらい状況でした。

そんなとき、私が部活でいじめられていたことを知っていた友達数人が、

「大丈夫だよ!居づらいなら私たちと一緒にいなよ!」

「いじめてきた奴らのことなんかほっときな!」

「部活辞めたなら私たちの部活に入りなよ!」

と言ってくれました。

 

それからは、そう言ってくれた友達と一緒に過ごし、同じ部活(今度は文化系)に入部することにしました。

彼女たちは学年でも中心グループに属するような子たちで、そこに属する子たちは同じように私と仲良くしてくれました。

私はほっとしました。

ああ、やっと居場所ができた。もう一人ぼっちにならなくてすむんだ。

 

その安堵が裏切られることになるとは、このときは考えてもいませんでした。

 

 

長くなるので中編につづきます。

 

中編書きました

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後編も書きました。

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